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Selfishly

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[Distance of love ] 3部完結


[Distance of love ] 3部完結

 ・・・【 Final form 】・・・







 ポケットに入れていた銀時計を取り出して時刻を確認すると、ロイは
額に浮かんでいた汗を手の甲で拭って一息吐く。
 今日は絶対に遅刻しないようにと、一月も前から仕事に取り組んで調整していたと云うのに、
出掛けの小煩いお偉方の電話に引っ掛かるとは最悪だ。これで時間に遅れてでもしていたら、
ロイの心の閻魔帳にその相手の名前が刻まれていることになっただろう。
 が幸いにも交通渋滞に巻き混まれる事無く来れた為、何とか列車の到着時刻には間に合ったようだ。
 空いてるベンチに腰を掛ける気にもなれず、ロイはまだ見えぬ車影を見透かそうとでもするように、
ホームの先へと視線を送り続けている。

 
 今日は、彼の大切な恋人が戻ってくる日なのだ。



 攻防が何とか終演に終わった後の2年前。エドワードとアルフォンスは身体を取り戻す最後の錬成へと挑みに旅立った。
 その日は今だロイの胸を不安で締め付ける悪夢の旅立ちの日だ。
 彼らの才能を疑ってはいないが、挑むものが途方も無く大きく、人が果たせれるものなのかも未知数だった。
ロイは引き止めたいと思う気持ちを全身全霊で押さえつけ、必ず戻って来ることを何度も何度も約束させて、
彼ら兄弟の旅立ちを見送った。
 見送った瞬間には、その自分の選択を酷く後悔し、引きとめ切れなかった自分を詰りも、責めもした。
 が、ロイがどれだけ引き止めたとしても、エドワードは挑む事を止めはしないだろうと判ってもいた。
なら、不用意に彼を苦しめるよりは、少しでも心の重荷を減らして旅立たせてやるしかないのだ。
 最初の数ヶ月は、殆ど生きた心地がしなかった。
 救いは階級が上がった事に付随して、忙殺される仕事が押し付けられたことだろう。
やってもやっても終わらない仕事をこなしながら、眠りに落ちる瞬間と目覚めた時の寂しさを感じた時だけ、
締め付けられる不安に胸を痛める。

 そんな日々を数ヶ月過ごし、1通の手紙が届いた時には、部下の前で恥かしげもなく涙ぐんでいた。

 ―― 『 successful ! 』 ――

 と大きく書かれた筆跡癖は忘れようにも忘れられないエドワードの文字だ。
 彼らしく簡潔で余分な事は一切書かれていない。

 ―― 多分、エドワードにもこれ以上の言葉が思いつかなかったのだろう。

 震える手で開封し、その言葉を読んだ時。ロイは全身の力が抜けそうになった。
 悪夢の日は消え、未来への展望が初めて描けた日に摩り替わったのだった。
 それから定期的な手紙が送られ、二人の近況が少しでも判るようになった。
 ロイは手紙が来るのを待ちわびつつ、彼からの連絡が来る日を辛抱強く待ち続ける反面、
 エドワードとアルフォンスが戻って来た時に受け入れれる準備も抜かり無く進めていた。



 そんなある日。深夜に戻りついた家に電話のコールが響いていた。
 慌てて家に入るが、鳴り続けていたコールはロイが電話までもう一歩のところで止まってしまう。
「まさか・・・・・・」
 エドワードがロイの自宅へ電話してきた事はなかったが、深夜のそのコールには
 何かの予兆が含まれているような気がして、ロイは離れる事も出来ずに静まった電話の傍で立ち尽くしていた。

 そして、ロイの予感通り電話はまた鳴り出す。
「はい、マスタングだが」
 今度はワンコールの間も待たずに受話器を上げる。余りの速さに驚いたのか、向うからは無言の間が返ってくる。
「――― エドワード?」
 祈るように問うてみれば、電話越しにも掠れた嗚咽の声が漏れ聞こえてくる。
「エドワードなんだな。・・・・・ 良くやった。良く頑張ったな。
 ――― ありがとう。約束を忘れずにいてくれて・・・」
 そう伝えるだけでロイも精一杯だった。電話越しに聞こえた嗚咽は、今や鳴声になって、
 優しくロイの耳に届いてくる。泣かなくて良いと声を掛けてやりたいのに、
 ロイの喉も詰まってしまったように電話から聞こえる声同様、震える音しか出てこない。

 その後、どちらも泣き止むには随分な時間がかかり、漸く話が出来、エドワード達の近況を
 聞かせてもらったのは、随分の時間が経ってからだった。


 それからは互いに小まめに電話をやり取りし、忙しい中から時間を捻出しては、
 エドワードとアルフォンスの顔を見る為に内密に足を運んで話し合った。


 そして漸く、エドワードが戻ってくるのだ。


 アルフォンスの容態はすっかり落ち着きと、遅れていた成長を取り戻し、
 今ではエドワードの体格を越してしまった。そんな弟の様子を嬉しそうに嘆いてみせるエドワードは、
 これ以上ないほど幸せそうだった。
 アルフォンスの復調が目覚しくなった頃から、兄弟はこれからの互いの未来を語り合い、
 相談しあうようになっていた。
 焦らず自分のやりたいことを見つけたいと願っているアルフォンスと、
 既に歩み道を決めているエドワードとでは、同様に進んで行く事が難しい事も、
 二人は理解していた。

 それでももう少しもう少しと引き伸ばし2年の歳月が過ぎ去って行ったのだった。



「兄さん、もういい加減に帰ってあげたら?」
 ある夕食の準備をしている時、アルフォンスが突然にそう言ってきた。
「・・・か、帰るって・・・。べ、別に俺らはそんな―――」
 動揺で手元が危なくなったエドワードから野菜を取ると、アルフォンスは手慣れた様子で皮を剥いていく。
「照れない、照れない。全くいつまでも新婚気分が抜けないんだよねぇ」
「し、しん・・・! アルッ!!」
「はいはい。からかってスミマセン。―― でもさ、この前も大佐・・・じゃなくて少将来てくれてたでしょ?
 忙しい中をこんな辺鄙な田舎まで来るのって、相当無理してると思うよ」
 そのアルフォンスの言葉にはエドワードも黙り込んでしまう。
 ――― 最初に逢った時に思った。ロイは少し痩せていたようだった。
 それは自分達兄弟を心配していたからも勿論だろうが、人手不足だと聞いていたからそれの皺寄せも大きいのだろう。
 ここはセントラルからは遠い。
 ロイが必死に捻出してくれている時間の大半は移動で消え、ここに着いて数時間話す時間を取っては戻っていく。
 それを無理していないとは、エドワードだって思えなかった。
 最初の手紙を出す時も悩んだが、それ以上に悩み続けたのは初めて彼の自宅へ電話を掛けた時だった。
 自分の住所は明記していなかったから、手紙からはロイの反応や近況を知る事は出来なかった。
 ――― いや・・・、知るのが怖いと思う気持ちがあったのかも知れない。
 ロイの元を去って一年近くの歳月が流れようとしていた。旅続きのこんな自分を待ってくれていたロイだから、
 心変わりを考えたわけではないが、

 ・・・それでも、これ以上待たせる自分を、ロイはどう思うだろうか・・・・・・。

 そして階級の上がった彼の立場で、エドワードのような禁忌を二度も冒した者が親しく付き合う事の危険さ。
 そんな事をグルグルと考えていけばいくほど、彼に電話するのが躊躇われて仕方なくなる。
 が、『答えは二人で探そう』 そう言ったロイの言葉に勇気づけられて、
 エドワードは電話をかける決心をつけたのだった。

 そうして、またしてもその言葉が正しかった事を再認識する結果となった。

 ロイは上手にエドワードの情報を操作して、失った腕と足をシン国の錬丹術と錬金術の融合で生体錬成に成功したと、
 水面下で広げて行てたのだった。そして、鋼の錬金術師はその身を持って実験に挑み成功したが、
 それと引き換えにその記憶を失ったとも。
 等価交換は錬金術の基本。鋼の錬金術師の偉業を惜しいとは思うが、等価交換で無くしたものが
 戻らない事も知られている。が、それだけの術が行使できる才能がある者なら、
 研究を続けていけば新たな方法を構築する可能性もあると考えついた軍は、
 エドワードの損失した資格を再交付する方向性で話が纏まりつつあった。
 その話をロイに聞かされた時は、兄弟揃って驚き、呆れたものだ。
 それでもそのおかげでエドワードもアルフォンスも大手を振って、どこにでも歩いていける。
 アルフォンスも難病が癒え、鎧を被る生活をする必要が無くなってたと言えば、大半の者はそれで納得した。
 余りの単純さに驚かされるが、そもそも魂の定着など行える筈が無いと思われているし、
 そんな事を思いつきもしなかったのが大半の人間だ。
 だから、鎧から出てきたと言えば、そうだったのかと深く追求する事も無く頷くのだ。


「兄さん・・・。僕はもう大丈夫だよ」
 意志の強さが窺える弟の言葉に、エドワードは自分より背丈の高くなった弟を見上げる。
「僕はもうどこにも行かない。ちゃんとこの世界で、この生身の身体で兄さんと同じ時間を生きていけるんだ。
 ――― だから、兄さん。時間を止めている必要はもう無いんだ」
 失効してしまったエドワードの銀時計。
 彼はそれを大切に持っている。それはエドワードにとって、軍との繋がりを意味するものではなく、
 ロイとの、彼との思い出を象徴しているものなのだ。
 その時計はずっと止まっている。
 が自分たちは悲願を叶えた。・・・・・もう、過去に縛られる必要はないのだ。
 なら次は、進んでいかなければならない。
 自分達の未来は過去にあるのではなく、これから歩む先にこそ存在するのだから。

 エドワードはアルフォンスの言葉を噛み締めながら、スッーと大きく息を吸い込む。そして・・・。

「アルフォンス。俺、あいつの下で生きて生きたいんだ。あいつが居て支えてきてくれたから、
 俺らの願いは叶った。なら今度は、俺があいつの願いを叶える為に、少しでも力を貸して・・・・・、
 そして、あいつと同じ時間を生きたい」
「―――  うん。そうしなよ、兄さん。僕達はどれだけ離れても、違う道を進んでいても
 ずっと兄弟なのは変わらない。僕は兄さんを誇りに思っている。そして、――― 大好きだ」
「ああ・・・・・、俺も。お前は自慢の弟だ。そして世界で一番大切な家族だよ」
 そう言ってエドワードはアルフォンスの身体を抱きしめる。
 アルフォンスも温かな血が通った身体で、兄をしっかりと抱きとめる。
 互いに伝わる鼓動、体温・・・・・その全てが二人には堪えきれないくらい嬉しいものなのを実感しつつ。




「もっ ――――――― 戻ってくる・・・」
 ロイはエドワードの電話で告げられた言葉に声を無くす。
『あれっ? 迷惑だったか?』
 笑いを噛み殺しながら尋ねられた言葉に、ロイは見えないと云うのに大きく何度も首を横に振り。
「そんなわけがないだろう!!」
 と電話越しにも耳を押さえたくなる大音量で速攻否定してきた。
「本当か? 本当なんだな? その言葉に誤りは無いんだろうな?」
 しつこい程念を押して尋ねると、エドワードらしい罵声が返ってきた。
『あーーー、くどい!!  何で俺がそんなことを嘘つかなきゃいけないんだよ。
 年よりは疑い深いって云うけど、あんたもそのクチ?』
「いや・・・・・・、もう何だか、信じられないくらい嬉しくて・・・・・」
 言い返してくるかと思ったロイは、素直に感極まったように喜びを吐き出した。
『ん ――― ゴメンな、待たせちゃってさ』
 ロイの喜びはいつの時もエドワードにうつってくる。 
「嬉しくて言葉が・・・。どう言ったら良いのか。
 ――― 早く君を思いっきり抱きしめたい」
 言葉だけでは伝えきれない程の喜びを、いつかのように抱きしめる事で伝えたい。
 その時が一時でも早く来てくれる事を、ロイは今胸が震えるほど切望している。
『ああ・・・、俺も ―――』


 そんな会話を交わしてから一ヶ月後、エドワードから到着の日時を知らす連絡があり、
 ロイは待ちかねた残り数日を指折り数えて待ち焦がれていた。

 待ちわびた列車がホームへと速度を落して入ってくる。
 ロイは車両に素早く目を送りながら、立ち止まる時間も惜しくて歩いて擦れ違って行く。
 車両の中盤にくると、列車は完全に停止して降車の人々を吐き出していく。
 そんな中、ロイは駆け出しそうな足取りでまだ覗いていない車両を見る為に進んで行く。
 そしてロイの少し先の降車口から。

「ここ! ロイ、ここだ!」
 と降りながら大きく手を振っている人物を見つける。
「エドワードー!」
 もう押さえ切れない感情が、ロイの足を突き動かす。
 もっと早く。少しでも彼の傍に。そして・・・、そして・・・・・・。
「エド、エドワード・・・」
 勢いをつけてエドワードを抱きとめると、ロイは名を呼んでぎゅっと目を瞑る。
 顔を埋めたエドワードの髪からは、懐かしい彼の匂いがする。
 ロイは首筋に鼻面を押し付けるようにして、エドワードの匂いを肺一杯に吸い込んだ。
「ロイ・・・。ちょ、ちょっと。 ――― 人が見るから・・・」
 小さな声でそう言って、ロイを引き剥がそうとするエドワードに、不満そうに顔を上げると。
「・・・君は私より人の目が気になるのかい」
 と拗ねた口調で問い質してくる。そんな子供じみた彼に苦笑しながら。
「馬~鹿。俺が気になんのは、人の目よりあんたの評判だ」
 自分がどう言われ様がエドワードは気にしない。が、自分と居る事でロイの風評が悪くなったらと思うと、
 辛くても耐えなくてはならない時もあるだろうと思っている。
「・・・・・そうだな。君はそんな事を気にする人間ではなかった。
 すまなかった。久しぶりの抱擁に水を差されてムッとしてしまった」
 ロイはエドワードの謝ると、彼の気遣いなど無用とばかりにエドワードの肩を抱いたまま、
 ホームを歩き出して行く。エドワードも最初は腕を外させようと躍起になったが、
 ロイが・・・彼があんまりにも堂々と歩いて行くから、段々と気にせずにいようと云う気にさせられた。


 待たせていたハイヤーに乗り込むと、ロイはずっと無言でエドワードの手を握り締めている。
 怒ったような表情で前をじっと見ているロイが、別に気分を害してなのではない事を、
 エドワードはちゃんと判っている。
 何故なら自分も同様の、焦れる思いを抱いているから。

 階級が上がったと云うのに、ロイが住んでいる家は以前のままだ。
 エドワードがもの問いたげな視線を向けると、ロイは苦笑したまま答えを返した。
「君との思い出が詰まっている家で、物が有り過ぎてね。
 ここを出る時は、君と一緒でないと無理そうだったんだ」
 そう言って扉を開くと、少々乱暴なほどの力でエドワードを家へと連れ込んでしまう。

 ドサリ・・・・・と、扉が閉まると動じに聞こえた音は、ロイが持ってくれていたエドワードのトランクの音だろう。
「んっ・・・・・・・・・・んんん・・・・」
 いきなりの激しい口付けに、エドワードが苦しそうに鼻を鳴らす。
 それでもロイが口付けを止める事は無く、エドワードも止めて欲しくは無かった。
 エドワードの口内を1つ1つ確認するように動くロイの舌に翻弄されつつも、
 必死に応え返していくエドワードが息苦しさから根を上げるのを合図に、
 ロイは半場意識の薄れているエドワードを抱きかかえるようにして、
 奥の寝室へと連れて行きその扉を閉めたのだった。





「――― 腹空いて、死にそう・・・」
 ぐったりとシーツに突っ伏しながら、エドワードは掠れた声で呟いた。
「おや? 随分天国に行っていたようだったのに、まだ足りなかったのかな?」
 嬉しげに答えられた言葉に、エドワードは力ないパンチを繰り出す。
「エロ親父臭い台詞を吐くなつーの。で、この手! 伸ばすな! 触るな!撫でるんじゃねぇ!!」
 言葉と共に出された手をエドワードは叩きながら、エドワードが叱咤を吐くが懲りない手は
 エドワードの隙を突いては彼に悪戯を仕掛けてくる。
「ちょっ、ちょっと待てって・・・。まじ休憩させろ。ったく今何時なんだよ」
 息も絶え絶えのエドワードがそう言うと、ロイはさらりと時刻を告げてくる。
「そろそろ、3時だな。―― ああ、ちなみに日付は変わってるがね」
「さっ・・・・・」
 絶句するエドワードを他所に、空き有りととロイがエドワードを抱きしめてくる。
 夕刻には着いていたエドワードだ。それから直ぐに寝室に閉じこもったから、
 エドワード達が費やしていた時間はかなりのものだ。
「あんた・・・・・化けもん並みだな・・・」
 ぱったりとベッドに伏せたエドワードの、今度は髪を愛しそうに梳いてくる。
「エドワード。この話を受けてくれたら、一休みして食事にしよう」
 そんな風に切り出したロイに、エドワードは怪訝な顔を向ける。
「君が居ない間、ずっと考えていた。そして・・・、戻って来てくれると言ってくれた時。
 もっと、ずっと強く思ったんだ」
「ロイ・・・?」
 自分の頬を優しく挟み込んで、ロイはエドワードに語り掛けてくる。
「君は悲願を叶えて戻って来てくれた。が、私が自分の願いを叶えるまで生きていられるかは判らないことだ」
「なっ! 何、不吉な事言って・・・」
「聞いてくれ」
 腹立たしさに起き上がったエドワードに、ロイは静かに告げる。
「先の事は、私にも君にも見通せない。勿論、最愛の君が戻って来てくれた今、
 死にたいとは露ほども思わないが・・・。現実は厳しい。
 ましてや私が抱いてる願いは、君達ほどではないにしても、――― 狙われ、危険が付き纏う。
 もし未来でそんな事になったとして、私は君に何一つ残せない・・・・・・、それは嫌なんだ」
「お、俺は別に・・・・・」
 ロイの言いたい事は何となく判ってきた。が、今のエドワードにすれば、
 ロイが居れば他に必要な事も欲しい物も無い。もし彼が命を失うような事があったとして、
 彼の残したものにどれほどの価値も見出せるとは思えなかった。
「物ばかりではないんだ、エドワード。私がこの家を出れなかったように、物には互いの思いが染み付いている。
 それは時に自分を苛むかもしれないが、必ず慰められる時がくる」
「・・・・・・・・」
 まだ若いエドワードには理解できない感情かも知れない。が、そんな彼も歳を経ていけば、
 ロイの抱いた思いが判るようになる歳が来るのだ。
 
「これはただの感傷だけで話しているのではないんだ。私は私の全てを継承してくれる人物を
 見つけておかなくてはならない。
 何故なら、私が亡くなったからと云って私達が描いてきた願いを、無にするわけにも止める訳にもいかない。
 判るだろう?」
 判りたくないが判ってしまう。ロイが抱いた夢は、彼だけが思い描いていた時ならそれはそれで彼の命と共に費え果てる。
 が、夢は理想となって掲げられ動き出しているのだ。もうロイ独りの夢ではない。
 皆の理想なのだ。

「だから、私は私の錬金術の研究も、私が培った人脈や財源も。そして私が立つ立場も―――
  引き渡せる人物に全て渡したい。

 だからエドワード、私と養子縁組をしてくれ」

 ロイの言葉にエドワードは大きく目を瞬かせた。
「いくら遺言を書いておいたとしても、全てを守って貰えるのは難しい。
最悪全てのものが軍に、国に没収される事だって考えられる。
 私の伴侶は君以外置いて他には居ない。それは今もこれからも先もだ。
 その君に全てを引き継ぎたいと思えば、君と家族になるしか・・・・・、今の法律では手立てが無い」
 ロイの言っている事は確かにその通りだ。――― だが、しかし・・・。
「言いたい奴らには、言わせておけばいい。彼らもいずれは私の人選が誤りでない事に必ず気づいて行く。
 私は自分のこの君への思いに恥じるところなど一つも無い。恥じるどころか、自慢して廻りたい位なんだ。
 だから君もつまらぬ周囲への気遣いなどせず、堂々としていて欲しい。
 そんな事位で私の地位も、君の存在も揺らぐような事はないのだから」
 ロイはそう話し終わると、エドワードの震えている唇に口付けを贈る。
 彼にこうやってキスを贈った最初の日から、ロイはエドワードに夢中だった。
 稀有な才能に、人を惹き付け止まぬ存在感。人の痛みを知りそれを理解し受け止める強さ。
 自分の弱さに目を背けず、己に甘えぬ誇り高さ。
 ロイはそんなエドワードと云う存在に、もう長い間ずっと心を魅惑されたままだ。

「エドワード、Yesと。受けると言ってくれ」
 
 さらさらとロイが髪を梳くたびに、エドワードの髪が頬をくすぐって行く。
 頬を別の熱いものが伝わり落ちていくのを感じるが、それ以上に込上げてくる熱い思いの所為で止めれそうも無い。
 目の前には優しい目がじっと自分を見つめている。
 いつも落ち着き余裕を見せている男が、珍しく神妙な硬い表情をして自分を窺っている。
「・・・・・」
 エドワードは開きかけた唇を固く結ぶと、手の甲でぐっと目尻を擦る。
「馬鹿ロイ! 何でもかんでも面倒ごとを押し付けるなよな!
 俺はあんたの夢を叶える為に手助けをするつもりだけど、あんたの居ない未来まで責任が持てないぜ。
 だから・・・・・・精々、長生きして俺に楽させてくれよな」
「エドワード・・・」
 ロイの困ったような表情に、エドワードは少しだけ溜飲を下げる。
 会った早々、こんな話を持ち出す奴が悪いのだ。彼はだいたい昔から、辛抱が足らない。
「――― OK、判ったよ! 引き受けてやる」
「エド・・・」
「ただし! 俺は若い内からあんたみたいに苦労を背負い込みたいとは思わねぇから、
 出来るだけ引き伸ばせるように・・・足掻けよな」
 そう答えてエドワードはポスンとロイの胸に頭を凭せ掛ける。

 危険は付き纏うだろう。
 死に直面する事も、何度でも合うだろう。
 けどどんな時にも諦めずに、足掻いて足掻いて生き残っていって欲しい。
 自分が危険な錬成に挑んだとき、こうして生きて戻ってこれたのは。
 戻りたいと・・・彼との約束を。

 ――― いや、もう一目だけでも会いたいと心に強く念じていたからだ。

 だから彼にも、そう心に刻んでいて欲しい。
 死す前にやるべき事があるのだと。
 最後には必ず、自分の処へと戻ってこなくてはいけないのだと。

 
 自分の腕の中で感じる温もりを抱きながら、ロイは強く心に誓う。
 ――― 必ず・・・。何が有っても、最後には必ず彼の、エドワードの処へと戻ることを・・・・。


 それでもそんな未来は来るか来ないか判らない。
 取り合えず、今この再開を喜んでいるこの時の間だけは大丈夫だろう。
 なら、この時を自分の存在に刻み付けるほど感じていよう。
 
 同じ思いが二人を過ぎると、互いに抱きしめ合いながら、シーツの中へと戻っていく。
 そこから暫くの時間は、また彼らだけの時刻が流れて行くのだった。



                       







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